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筆者について

Megan Cunningham

ニューヨークを拠点として、DVD、イベント、書籍、ドキュメンタリなどの教育メディアを製作するMagnet Media社の社長を務める。最近では、アカデミー賞候補者に挙がったEdet Belzberg監督による作品『Gymnast』を共同制作。社会変革を促す教育ビデオの制作からキャリアをスタートし、この10年間は、ケーブルテレビや公共テレビ放送向けのドキュメンタリを手がけている。業界向けセミナーの講師として、また、New York Women in Film and Televisionの取締役会のメンバーとしても活躍中。

リソース

Megan Cunningham著『Art of the Documentary*』より抜粋© 2006. Pearson Education, Inc.およびNew Ridersの許可に基づき掲載。

Errol Morris:思いがけない現実の発見

広告界の崇拝の的、伝説の監督との対談

エンターテイメント業界におけるErrol Morris*の活躍は、多彩である。コマーシャル制作の分野では、斬新で知的なセンスを持つ監督として大きな成功を収めている(The New York Times紙の社説を執筆した経験のあるテレビCM監督は、Errol Morrisだけと言っても過言ではない)。タレント事務所や広告代理店の間では、型破りで並外れた洞察力を持つ人物として有名であり、コマーシャル業界に属さないアーティストが受けるような賞賛を受けている(1999年11月、ニューヨーク近代美術館で彼の全作品を集めた回顧展が開催された)。2002年、彼はアカデミー賞主催者側から授与式の冒頭を飾る短編映画の制作を依頼され、著名人から一般の市民に至るさまざまな人々が、映画に対する情熱を生き生きと語る作品を作った。2004年のAdweek誌では、Morrisの業績を「論争を超越して、一体感と活力を与える作品を制作する」と称え、Weiden and Kennedy社のプロデューサJesse Wann氏は、「Morrisには瞬間の中に物事を発見できる才能がある。Morrisは、単に絵を並べない。彼には、ある種の特別な視点があり、彼の映画とCMの一連の手法にそれが表れている」と述べている。実際、Morrisが手がけたテレビCMは、非常に有名である。"9.11"後のユナイテッド航空のキャンペーン、Apple Computerの有名な「Switch」キャンペーン、前回の大統領選挙ではBushに投票したものの2004年の選挙ではKerry候補に投票するという有権者の声を紹介したMoveOn.orgのキャンペーン、エミー賞を受賞したPBSのCM(「Photo Booth」)、人気を博したMiller High Lifeの「アンチビールのビール広告」のほか、ESPN、American Express、Intelなど、数多くのCMが注目を集めた。

図1:映画評論家Roger Ebertは、「映画評論家としての20年の経験の中で、Errol Morris以上に好奇心をそそられる映画製作者はいない。Errol Morrisは映像の魔術師であり、HitchcockやFelliniに匹敵する偉大な監督だ」と言っている。Errol Morris氏の好意により写真を掲載。

一方、ドキュメンタリの世界におけるMorrisは、長編ドキュメンタリ映画の製作者として確固たる地位を占めている。また、演劇、テレビ、イベントなど、あらゆるタイプのノンフィクションに関わる人の候補リストを作成している。Morrisはこう語る。「先月ロサンゼルスで、私の作品が好きだと言う映画監督に会いました。どの作品が好きかと尋ねたら、Miller High LifeのCMが好きだったと答えたのです。コマーシャル業界の人は、私がドキュメンタリを制作することを知らないし、ドキュメンタリの世界の人は、私がCMを制作していることを知らないのです。」この認識のずれを見れば、それぞれの世界におけるMorrisの偉大さについては言うまでもなく、一見まったく異なる2つの活動領域における彼の多才ぶりと並外れた創作力が窺える。Morrisは、このスポットCMと長編ドキュメンタリ制作とのバランスが、表現形式と表現形式の「交配」を引き起こし、両方の活動領域で常に新しいものを作り続けるきっかけになると語る。

クリエイティブな映画制作の障害となる根本的な問題を、彼はあらゆる作品において独自の方法で解決するが、その1つの例が、物語を語る上での主な要素である「通常のインタビュー」である。例えば、1997年の『Fast, Cheap & Out of Control*』や2003年のアカデミー賞受賞作品『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白(The Fog of War: Eleven Lessons from the Life of Robert S. McNamara)*』では、被写体の上半身のみを撮影した平凡なインタビュー映像が、まったく別のものに変えられている。インタビューにあたって、MorrisはInterrotronという小型の装置を作り出した。この装置について、彼の同僚は「カメラレンズの前に置いたモニタにMorrisの映像を写し出すようにした改良型のテレプロンプタのようなもので、被写体はカメラの方向をまっすぐ見ながら、モニタに写し出されるMorrisの映像に向かって話すことができる」と説明する。つまり、これまでは、話し手が聞き手を見て話すと目線がカメラから外れてしまい、結果として観客の方を向いていない映像になってしまっていたが、Interrotronを使えば、Morris(聞き手)と観客の両方が話し手とアイコンタクトを取ることができる。Interrotronを使って撮影すると、内容の濃い回答を話し手から得られるようになり、非常に親密度の高いインタビューになった。「見せかけの一人称と本物の一人称の違いです。Interrotronにより、本物の一人称映画が誕生したのです」とMorrisは語る。

瑞々しく、巧妙に作られた映画的なドキュメンタリを制作するために、Morrisは独自の表現方法をいくつも編み出した。例えば、古い録音の音声を、新しいライブ映像の場面と過去の記録映像の場面の両方で流したりする。さらに、抽象的なクローズアップや不規則なカット、大胆なカラー補正を使用して、映像に命を与えたのである。Morrisは、非常に高度な制作技術、撮影技術、インパクトがあり注意を引き付ける音楽(その多くをPhilip Glassが作曲)を駆使して作品を構想する。つまり、すべての作品で、美術と映画の歴史における最高のものを利用している。Morrisの映画を観れば、志が高く、またそれ以上のものを追い求める監督であることがわかる。自分が生み出した多くの作品を越え、さらに大きな野望へと向かっていることがわかる。Morrisには、文化的な格調の高いドキュメンタリ作品を作ることによって、写真と報道ジャーナリズムにより生まれた、低予算映画というドキュメンタリ映画のイメージを払拭し、ドキュメンタリ映画の水準を高めたいという考えがあるのかもしれない。

表現形式だけでなく、その内容の選択においても、Morrisは、巧妙新奇の道を追求している。活動を始めた当初から、彼は自分の心の声に従って、実在する風変わりな人物を常に追い求めてきた。1978年、San Francisco Chronicle紙に「450匹のペットの亡骸がナパへ(450 Dead Pets To Go To Napa)」という見出し記事を見つけてインスピレーションを得たMorrisは、最初のノンフィクション作品を制作した。その作品『Gates of Heaven*』では、競争関係にある2つのペット用墓地の経営を始める2人の実業家のシュールな物語を追って、アメリカの文化と資本主義を面白おかしく風刺している。

彼の2つ目のドキュメンタリ映画『Vernon, Florida*』は、当初の構想では、フロリダのある町で、自らの手足を切断して保険金を騙し取る奇矯な住人たちを描く映画だった。この映画の構想について、Morrisは「彼らは、経済的に健全になるために、文字通りばらばらになっていた」と言う。住人の奇怪な精神状態を外側から見つめるMorris独特の制作手法は、彼の慎重な語り口である。撮影対象となる奇異な出来事をすべて受け入れると同時に、それらに批評を加えるのである。しかし、彼がどんなに慎重であっても、撮影された人々の一部が、公開できないほど興奮したり精神的に不安定になったりした。Morrisの制作会社によると、彼を殺害すると脅迫する人々まで現れたため、保険詐欺をテーマにした映画構想を再検討しなければならなくなったそうである。新たなコンセプトで映画を作り直すことになったMorrisは、フロリダ南部の湿地帯の町に住む風変わりな住人を描いた『Vernon, Florida』を制作した。『Vernon, Florida』は、以前のような論議を巻き起こしはしなかったが、Morrisの他の映画と同様、記憶に残る人物が登場する。『Gates of Heaven』では、飼っているプードルに歌を教える老女が登場する。このシーンを観た人はくぎ付けになるだろう。台所で座り込んで、飼い主の声を真似るように鳴いていたプードルが、最後には老女とデュエットを歌うのだ。Morrisのドキュメンタリは、夢のような現実への入り口である。

The Thin Blue Line

1988年に公開された『The Thin Blue Line*』は、テキサス州ダラスで起きたRandall Adamsの冤罪事件を題材にしている。この映画とMorrisによる事件の調査によって、Adamsの有罪判決が覆されたと評価されている。

The Thin Blue Line』では、一般的なインタビュー映像とPhilip Glassのゆったりした音楽を組み合わせ、35ミリフィルムとCM撮影法を使って、殺人が起きた夜の出来事について、複数の登場人物が相互に矛盾する説明をする様子を繰り返し描写しています。ドキュメンタリの表現形式としては、非常に制御されたアプローチです。再現シーンなど、Morrisさんの映像テクニックの多くが、今日のテレビのノンフィクション番組でよく使用されていますが、これらのテクニックはこの映画で初めて編み出されましたよね。最初にこの映画を公開したときの反応はどうでしたか?
The Thin Blue Line』が公開されたとき、再現シーンを使うことは異端視されました。この映画は何度も批判されましたが、その後は何度も模倣されたのです。今なら、「これのどこが珍しいんだ?どこにでもある映像じゃないか」と言われるでしょう。そう、今では珍しくも何ともないのですが、『The Thin Blue Line』が制作された当時は非常に珍しかったのです。

撮影を開始する前から、最終的な出来上がりについての明確なイメージはありましたか?Glassの音楽を使うことや、洗練された再現シーンで目撃者の証言の矛盾を明らかにすることは、初期構想に含まれていたのですか?
いいえ。『The Thin Blue Line』は、制作しながら自然に形を成していった典型的な映画です。初めはまったく別の構想だったのです。私は、Randall AdamsやDavid Harrisのことを全然知りませんでした。実のところ、誰もRandall AdamsやDavid Harrisのことを知らなかったのです。どの点から見ても、解決済みの事件でした。疑問に思う人は誰もいなかったでしょう。Randall Adamsが、ダラスの警官Robert Woodを殺害した容疑で裁判にかけられ、有罪判決を受け、死刑を宣告された。そういう事件でした。誤審の疑いを持つ人もいましたが、極めて少数でした。私がこの事件に遭遇したのは、まったくの偶然だったのです。

Randall Adamsに出会ったきっかけは何ですか?
ダラスの精神科医についての映画を撮る予定で、撮影を開始したところでした。そして、James Grigson医師(初期構想で取り上げる予定だった人物)のアドバイスに従って、この医師の証言により死刑囚となった十数人に会ってインタビューをしました。Randall Adamsはその一人でした。当然、目的は誤審を暴くことではなく、Grigson医師が「冷血な殺人者」、「私やあなたとは違う種類の人間」と呼ぶ人々にただインタビューをすることでした。

Adamsの事件、つまり司法制度の誤りを描く予定ではなかったのですね。
はい。Grigsonの証言を映像で再現するために、Randall Adamsにもう一度会いました。インタビューの対象者は、十数人の名前をランダムに選択しただけでした。別の十数人を選んでいた可能性もあります。Grigsonは、30~50人を死刑囚監房へ送った医師でしたから、Adams以外の事件についても調べていました。しかし、Adamsの事件の資料を読むにつれて、誤審があったということを、徐々にではありますが確信していきました。そこで、映画を大幅に変更しました。Grigson医師の映画を撮ることをやめて、Randall Adamsの映画を撮ることにしたのです。こうして、『The Thin Blue Line』が完成しました。

図2:The Thin Blue Line』の場面。Miramax Films社の好意により写真を掲載。

Grigson医師を題材にした映画の撮影を中止し後、Randall Adamsの映画をゼロから撮り直して、映画制作にどれぐらいの時間がかかりましたか?
Adamsに会ってから、1年半から2年近くをかけて、多くの人を追跡してインタビューし、調査しました。何度も指摘したことですが、これは真実だと信じています。自己の正当性をどのように主張したらよいかわからない場合が人にはあるのです。

多くの映画制作者が、この映画からインスピレーションを受けたと言います。様式の革新以外に、『The Thin Blue Line』がそのような映画になり得た理由は何でしょうか?
The Thin Blue Line』は普通の映画ではありません。他に同じものはないと言えるかもしれません。殺人事件や真実の解明について語る映画ではありません。映画そのものが真実の究明なのです。真実の究明は、ある部分はカメラによって行われました。そして、最終的には、David Harrisが私に真実を告白する状況にまで至りました。Harrisとのインタビュー中にカメラが故障したので、告白はテープに録音されました。殺害についてのHarrisの告白は、テープに収められたのです。

The Thin Blue Line』は、どの評論を読んでも、無実の男を刑務所から救い出し、死刑囚の冤罪を晴らした映画だと書いてあります。しかし、それを可能にしたのが映画であり、映画による真実の究明だったということに焦点が当てられていません。Morrisさんは映画制作者であり、また真実を突き止める探偵でもあったわけですが、なぜそのようなことが可能であったと思いますか?
インタビューの中で私が発見した事柄に、真実を追求し、解明する糸口になるものがありました。一般のインタビューでは、一連の質問が用意してあり、質問者もそれに対してどのような答えを求めているかをわかっている場合がほとんどです。そのようなインタビューは、真実の追求になりません。ですから、私は、期待どおりの答えや予測できる答えが返ってこないインタビューをしようと極力努力します。少なくとも、予期しないことが起きるかもしれないという可能性を受け入れるようにしています。そして、『The Thin Blue Line』では、それが起きたのです。私は、この調査そのものを非常に誇りに思います。作品についても誇りに思っていますが、真実を解明できたことに対して、より強くそう思います。

AdamsとHarrisに会ったとき、誤審があったということを「徐々にではあるが確信していった」とおっしゃいましたが、これは冤罪だ、と感じさせたものは何でしたか?
当然、Randall Adamsは自分は無実だと言っていましたが、私は信じませんでした。最初のきっかけは、オースティンに行ったときでした。テキサス州法では、すべての極刑に値する殺人罪が、テキサス州刑事控訴裁判所へ上訴されます。テキサス州刑事控訴裁判所の地下室には、極刑に値する殺人罪の公判記録がすべて保管されているので、そこで公判記録を読むことができます。私もそこでAdamsの事件の記録を読んでいました。事件の枠組みは見えるのですが、具体像がつかめなかったのです。実際に公判記録の内容はそういうものでした。公判記録の何かがおかしいと感じたのです。

なぜ公判記録の内容がおかしいと感じたのですか?
すべてがDavid Harrisの方を指していました。車の助手席に座っていて、すぐ近くでRandall AdamsがRobert Woodを殺害するのを目撃したと証言した、検察側の最重要証人だったHarrisの方をです。とにかく何かが変だったのです。そこで、David Harrisについてさらにいろいろなことを調べました。調査が進むにつれ、Harrisには相当数の暴力犯罪の経歴があり、特に警察や権力者に対するものが多かったことがわかりました。陸軍に所属していたときには上官を殺害しようとし、カリフォルニアでも警官を殺害しようとしたことがありました。ダラスの警官が殺害された週には、まだ16歳だというのに暴動騒ぎに参加していました。そこで、私はDavid Harrisに会い、Harrisの行動を追跡しました。彼はちょうど刑務所から仮釈放されたところでした。カリフォルニアの刑務所に収監されていたのですが、仮釈放され、テキサス州バイドーにいる両親の元に身を寄せていました。バイドーでHarrisに会い、その後何度も会い続けました。そして、Harrisを撮影する予定を立てたのですが、彼は約束の日に現れませんでした。Harrisは姿を消しましたが、その週のうちに、テキサス州ボーモントのジェファーソン郡拘置所に収監されいることがわかりました。Harrisは、Mark Walter Maysを殺害した罪で起訴され、死に値する殺人罪での有罪が確定し、死刑判決を受けました。Harrisの死刑は今年初めに執行されました。

調査はどのように行ったのですか?映画制作のスタッフでチームを作って調査したのですか?それともMorrisさんが一人で書類を読んだりして調べたのですか?
主に私一人が人に会って話を聞き、書類を読み、さまざまな調査を行いました。

毎晩、それぞれの容疑者に対する証拠の重みを検討していたのですか?
はい。材料が揃ってくると、可能性のある2つの筋書きを検討し始めました。1つは誰かを有罪にする証拠についての筋書きで、もう1つは、誰かを無罪にする証拠についての筋書きです。言うなれば、同時に2つのことを考えているようなものです。Randall AdamsまたはDavid Harrisが殺人を犯したという証拠を探すと同時に、AdamsまたはHarrisが殺人を犯していないという証拠を探していたのです。事件について調べるうちに、徐々に、しかし確実に、David Harrisとこの殺人事件をつなげる証拠が増えていき、Randall Adamsと事件をつなげる証拠は減っていきました。最後には、Adamsにつながる証拠がほとんどなくなってしまいました。

The Thin Blue Line』が公開された後、事件にどのような影響を与えましたか?
映画は、ある意味非常に大きな影響を与えました。映画の一部、具体的には、複数のインタビューシーンが、連邦および州裁判所へ証拠として提出されました。映画のインタビューシーンの内容によって、Randall Adamsについて不利な証言をした証人たちが、実は偽証をしていたことが次々に明らかになりました。その結果、有罪判決が覆され、Adamsは釈放されました。その後、ダラスの地方検察局がAdamsを殺人の容疑で再び裁判にかけようとしたそうですが、私に言わせれば、権力の無駄な誇示にすぎません。もはや事件は彼らの手にないのですから。事件は消滅したのです。検察側がこしらえた事件が消えたからといって、Adamsを再審するわけにはいきませんからね。

この作品のような長期にわたる映画制作の調査の中で、あなたの視点はどのように映画のストーリーに作用するのでしょうか?
帰するところ、私の視点そのものが映画の一部となっているのです。つまり、すべての映画は、ある程度私自身が作り上げたものです。あなたのおっしゃる「視点」という意味が定かではありませんが。

The Thin Blue Line』でも他のどの映画でも、複数の観点から撮影を行っているように見えます。しかし、最終的には、それぞれの観点をどのように観客に見せるかを決定する必要がありますよね。編集時に難しい選択を強いられると思うのですが、どのように決断するのですか?
The Thin Blue Line』の場合は、何が起こったかを知っている、またはその現場を目撃したと思っている人たちがいました。しかし、そういった人々は、実際には何が起こったか知らなかったし、おそらくほとんど何も見ていませんでした。少なくとも、見たことを誤解していたとも考えられます。つまり、大胆に言ってしまえば、目で見たものは実際の出来事とは逆だったりするのです。真実以外を映し出しているのです。現実をドラマチックに再現したものではなく、逆に、現実ではないことをドラマチックに再現しているのです。私の観点には、視覚に訴えるものや外観によって、私たちがいかに欺かれやすいかを示すということが含まれると言えるでしょう。その一端として、映画という映像によるストーリーを見せると同時に、映像によるストーリーが持つ欠点も伝えているのです。この点で、『The Thin Blue Line』は、私にとって非常に興味深い映画です。

この映画は「何度も批判され、その後は何度も模倣された」とおっしゃいましたが、どのような機会にそのようなことがあったのですか?
事実に基づいたテレビ番組を映画にした、と非難されました。再現シーンによるリアリティ番組が大量に放送されるきっかけを作ったとも言われました。面白いことに、『The Thin Blue Line』の再現シーンは、実際に起きたことの再現を意図したものではありませんでした。あの映画の再現シーンは、現実を例証するためにあるのではありません。むしろ、現実とは不可避なものであり、現実を把握するということが非常に困難であることを、観る人に伝えるためのものでした。この映画では、ハンドカメラで走り回って出来事を追うというような、ごく一般的なドキュメンタリ映画を意図しているのではなく、映画自体が事実を徹底的に調査するための手段として利用したのです。すべての材料は、現実とは何か、実際に何が起きたのかを解明するために使用されたのです。インタビューや、実際の出来事に隠された謎に観客を惹き付けるための再現シーン、ストーリーの一部分を強調する映像など、いずれも、私にとっては重要な手段です。183ドライブインでの映画の上映時刻(殺人が起きた時刻にAdamsが観ていた映画)や、到底自白とは呼べない告白をしたとされるRandall Adamsの奇妙な謎が、解明の手段として利用できる場合もあります。再現シーンは、観る人の心を動かし、ストーリーへ力強く導くためのものなのです。

シネマベリテ(真実の映画)に対する反発

「カメラを片手に走り回って撮影する」とおっしゃったとき、そのような映画制作方法に批判的であるように思われましたが、シネマベリテの手法はあなたの美的価値観において抵抗を感じるものですか?
この映画(The Thin Blue Line)は、警鐘です。そういう意味で、私はこの映画が好きです。シネマベリテの主張は偽りであるという警鐘なのです。

なぜそう言えるのでしょうか?
形式を守ったからといって、必ずしも真実を伴うわけではないということを、この映画は示しています。その場にある光線だけを使い、手持ちカメラを使用することが、それ以外のどの方法よりも真実を映し出すとは限りません。真実とは追求するものです。そして、この映画に関しては、制作中に集めた証拠によって実際にAdamsが釈放されたのですから、「論より証拠」と言えます。私の知り得る限り、このようなことが起きた映画は他にありません。

Gates of Heaven』でもシネマベリテを意識していましたか?
はい。『Gates of Heaven』はシネマベリテに対する反発でした。実際、この映画の制作中に、シネマベリテの手法すべてを取り上げて全部逆の方法で実践してやろう、とスタッフの間でよく冗談を言っていました。カメラを手に持って撮影するのではなく、必ず三脚に立てました。被写体を遠くから観察して、できるだけ目立たないように撮影を行うのではなく、直接カメラに向かってカメラ目線で話してもらい、私はできるだけ口を挟んで立ち入るようにしました。軽量の装置ではなく、重量の装置を使用しましたし、何も脚色しないのではなく、すべてを脚色しました。

画像と同期させた音声録音もしなかったのですか?
いいえ。現場での音声録音は続けています。実際に人が喋った言葉、実際に使用された言語を録音します。彼らの言葉は、本物の言葉なのです。私が書いた脚本ではないのです。本物の言葉は、ドキュメンタリの要素です。本物の言葉を使用することは、シネマベリテの考え方とはまったく違りますが、ドキュメンタリのストーリーを伝えための効果的な方法であり、非常に興味深く、人を惹き付けることができる「本物」を作り出すことができると思っています。

シネマベリテの手法や主張に意図的に反発するために、美学的原理を打ち立てる必要があると感じたのはなぜですか?
シネマベリテの主張に納得できないからです。彼らの主張は、明らかに間違っていると感じられるし、それは自明のこととでしょう。形式は真実を表すものではありません。ある形式に則っているからといって、デカルトの心身二元論の謎を解き明かして精神の中身を理解できるわけではないし、何も考える必要がなくなるわけでもありません。単に1つの方法を採用しただけに過ぎません。The New York Times紙が特定のフォントを使用して記事を書いているから、その記事の内容はすべて真実であると思うようなものです。まったく意味がありません。

The Fog of War

革新的な映画を作るご自身の手法について、ご意見をお聞かせください。
ノンフィクションという思想に対する1つの試みであると考えています。

どのようなことですか?
例えば、最新作の『The Fog of War』ですが、ニューヨークフィルムフェスティバルの記者会見で、ある記者が「意図的に、たった1人にしかインタビューしなかったのですか?」と聞いてきたので、私は「そうです」と答えました。表現形式として、そうすることを選択したのです。もちろん、まったく別の撮り方をしていたら、Robert McNamaraの映画はよりわかりやすいでしょう。McNamara氏自身のインタビューだけでなく、専門家やMcNamara氏の関係者が彼についてコメントするシーンを含めたドキュメンタリを作ればいいのです。でも、ご存知のとおり、私はそうしませんでした。まさに意図的にそうしなかったのです。当然、理由はあるのですが、普通とは違うことをやろうとすると、危険な状況に直面することになりますね。

それはどういう意味ですか?危険な状況とはどのようなものですか?
1つの作品としてまとめ上げるのが非常に困難になる可能性があります。

図3:アカデミー賞受賞作品『The Fog of War』を撮影中のErrol Morris。

図4:Robert McNamara元米国防長官。「McNamara氏は善人か悪人かという疑問があり、それが彼を悩ませている」とMorrisは語る。McNamara Project Incの好意により写真を掲載。

それなのになぜ普通のやり方から逸脱した方法で対象に向き合うことを選んだのですか?掟破りをすること自体に興味があるのでしょうね。従来の映画の語り口を壊すことです。

McNamara氏だけにインタビューするという選択以外に、どのような掟破りがありましたか?
この映画で特に誇りに思うことを挙げるとすれば、日本への一連の空襲を表現した、上空から数字が落下していくシーンが好きです。そしてMcNamara氏は非常に説得力のある重要な話をしています。彼の言葉は、観客に視覚的に伝わると思っています。ナレーションと映像が1つになって、ストーリーが語られます。歴史を語るとき、細かな情報を詰め込みすぎることがよくあります。歴史を語るときは、資料の泥沼に足をとられないようにしながら道筋を決めて進む必要があります。ストーリーを語ると同時に、それを効果的に伝えなければなりません。

図5:The Fog of War』で、日本空襲を描いた、数字が空から落下していくCGシーン。McNamara Project Incの好意により写真を掲載。

新しい手法を選択されたわけですが、この映画の中では、戦争とMcNamara氏が下した決断について、新しい情報が次々に明らかになっています。制作中、どの情報に最も驚きましたか?
The Fog of War』の撮影を始めた当初、連合軍の襲撃によって、日本の67つもの都市に被害が及んでいるとは知りませんでした。東京大空襲のことは聞いていましたが、何週間も続けて空襲が行われ、2回の原爆投下の前に、既に日本の国土がほぼ壊滅状態だったことは知りませんでした。これは新しい情報であり、新しい歴史的事実だったので、このことを映画の中で強く訴えるにはどうしたらよいか考えました。それが映画でうまく伝わっているといいのですが。

Robert McNamara氏があなたにとって重要な存在である理由を聞かせてください。このストーリーを伝えるのに、主要人物がMcNamara氏でなければならなかったのはなぜですか?
彼は、すべての世代の人々にとって重要な人です。私の世代はベトナム戦争中に成人した世代で、McNamara氏は、当時の中心人物でした。彼の悪口を言う人がそれこそ大勢いました。そして1990年代に私が彼に関する書物を再び読み始めた頃、1995年にMcNamara氏の『マクナマラ回顧録(In Retrospect)』が出版され、その後続けて2冊の著書が出版されました。60年代の古い記憶がよみがえってきました。同時に、この人物が間違いなく歴史の中で大きな存在であることに気づきました。20世紀を語る映画を、従来の型にはまらない方法で制作し、同時に20世紀を十分に把握しようとしたら、この人物を抜きにして語ることはできません。

McNamara氏に会ったのはいつですか?
撮影を開始した日です。McNamara氏がインタビューに応じてくれたので、彼に会い、インタビューを始めました。すべてが一度に始まりました。"9.11"同時多発テロ事件前のことです。彼に最初に会ったのは2001年でした。

映画の実現のためにあなたがどのような計画を持っていたか、McNamara氏は知っていましたか?氏を説得したことがありましたか?
もちろん、ありました。McNamara氏が撮影現場に戻ってきてくれるかどうかもわからなかったのです。何度も撮影現場には来てくれましたが、だからと言って映画制作にその後も協力してくれるかどうか、映画に興味があるのかどうかがわかりませんでした。

McNamara氏の協力は嬉しい誤算だったのですね。
そうです。実際、撮影を最後までやり遂げてくれたことにも驚きましたが、今でも交流が続いていることにも驚いています。

なぜ、そのような展開が可能になったと思いますか?
彼にとって、この映画が公正なものだったからだと思います。すべてが彼の望んだとおりに描ききれてはいなかったかもしれません。しかし、この映画に不正がないことを、彼は理解してくれています。

この映画は人物を公平に描写しているかもしれませんが、必ずしもMcNamara氏を肯定的には描いてはいませんよね。それでも、氏が映画を観た後でも、お二人の間には良い関係が続いているのですか?
彼に対する想像をかなり広げたとしても、Robert McNamara氏が付き合いやすい人物だとは決して思いません。彼は、いつでも気難しい人なのですが、私と彼は、心から話ができる間柄を続けています。そもそも映画には1人しか登場しないということもあり、私は映画制作を彼との共同作業として見ていました。私が彼の言いなりになったわけではありませんが、私は、彼を弾劾するために仮想戦争犯罪法廷に提出する要領書を作りたかったわけでなく、彼が世界をどのように見ていたかを明らかにしたかったのです。McNamara氏の複雑な性質を明らかにしたい、氏を理解したいと思っていたのです。その結果、この映画では、1人の男性の複雑で非常に興味深い人物像が描写されていると思います。その点では、映画は成功でしたし、McNamara氏自身もわかっていると知います。

McNamara氏の人格がどのように複雑であるかを説明していただけますか?氏の世界観で特に印象に残ったものは何ですか?
McNamara氏は善人か悪人かという疑問があり、それが彼を悩ませています。彼について文章を書く人間も悩むでしょう。悪人だと確信している場合は別ですが。人として、また多面性を抱えた人間としてMcNamara氏に会えば、多くの人が驚きを感じるでしょう。

物語のフリーフォール:『Fast, Cheap & Out of Control

Fast, Cheap & Out of Control』は、初めてInterrotronを使用した映画ですか?
そうです。

それは、インタビュー相手との接触で得るライブ感をさらに高めるためですか?それとも、観客のことを視野に入れた作品の仕上がりのため、つまりインタビューの対象と観客を結び付けるためですか?
明らかに後者です。私と話をするだけなら、座って互いの目を見て話せば済みますが、それを撮影するとなると、それほど簡単にはいきません。会話を横から観察するのがよいか、カメラを会話に組み入れるのがよいか。Interrotronを使えば、カメラは完全に会話の一部になります。

アイコンタクトをそれほど重要と考えるのはなぜですか?
インタビュー時に、相手がまっすぐ私を見れば、その人は映画の観客一人一人を見ていることになります。

図6:Fast, Cheap & Out of Control』では、トピアリーを作る庭師、ロボットデザイナー、ライオンの調教師、ハダカデバネズミ研究者とのインタビューを織り交ぜ、創造性と執着心に対する洞察が軽妙かつ刺激的に展開される。
Fourth Floor Productionsの好意により写真を掲載。

Fast, Cheap & Out of Control』を制作した動機は何ですか?
まず、一見関連性のない4つのストーリーを撮影し、1つの作品へと織り合わせるというアイデアが気に入っていました。また幻想のような質感を持った映画を作りたかったのです。もちろんすべてとは言いませんが、ほとんどのドキュメンタリでは、表面的な現実を題材にします。ドキュメンタリという言葉そのものが、ある1つの外側の世界、公の世界、誰もが接することのできる世界を説明するものだという考えを抱かせます。しかし、私はそうでなくともよいと思います。確実に、そうである必要はないと思います。ドキュメンタリには、主観的な部分が含まれます。人々の世界観や心象風景、自分自身や周囲の世界に対する個人的な見解を追求する試みもドキュメンタリなのです。

エキセントリックな個性を持つ人たちをインタビューすることが、彼らの心象風景を追求するための最良の手段だったのですか?
私は、人の話し方、言葉の使い方を通して、相手の人間性の相当部分を知ることができると信じています。

Fast, Cheap & Out of Control』の登場人物について明らかになったことは何ですか?この映画の登場人物をどのように決定したのですか?彼らとはどうやって知り合ったのですか?
私が彼らに電話をかけました。ロボットデザイナーのRodney Brooksは、私の自宅のすぐ近くに住んでいます。私はマサチューセッツ州のケンブリッジに住んでいるのですが、BrooksはMITで講師をしています。庭師は、ボストンのちょうど南のロードアイランド州に住んでいます。ライオンの調教師については、数年前、James Grigson医師に関する映画で暴力を取り上げたいと考えていたときに、その映画との関連で既に撮影をしたことがありました。ライオンの調教師は、暴力の予見と制御という現象を考える際に、興味深い題材だと思っていました。最後は、デバネズミ研究者のRay Mendezですが、彼のことは、The New York Times紙の記事で知りました。デバネズミについて調べていて、何人かの研究者に会って話を聞いたのですが、この人だ、と思える人物には会えませんでした。そして最後に、当時ニューヨークに住んでいたRay Mendezに遭遇したのです。彼に会いに行き、彼を気に入りました。こうして4人が揃いました。

Morrisさんにとって、この4人をはっきり結び付けたものは何ですか?他の映画監督なら、4人の魅力的な人物を個別に撮影して、4つの短編映画を制作しようと考えたのではないでしょうか。最初から、1つの作品にまとめようと考えていたのですか?
そうです。Rodneyの論文のタイトル『Fast, Cheap & Out of Control』が気に入っていたので、ごく初めの頃から、これを映画のタイトルにしようと決めていました。そして、これら4つのストーリーを織り込んだ1つの作品にしようと常に考えていました。実際にやってみると、完成させるのはかなり困難でした。

編集段階でわかったのですか?
はい。この映画の編集方法について質問を受けたことがありますが、文字通り、編集には何年もかかりました。どうにも編集できなくて、完全にあきらめたこともありました。

何年もの苦労の末に、この映画の完成を可能にした最終的な編集方針について教えてください。
この映画の冒頭から混乱しないように、導入部分を置いて、これがとんでもない映画であり、多種多様な要素が入り混じることを説明しました。それから、4人の登場人物を順に並べ、少なくとも方向性がわかるようにしました。4人についての入門コーナーのようなものです。登場人物A、B、C、Dがいて、これらの登場人物を1つにまとめて、順番を並べ替えます。そして順番を何度も並べ替えながら、ストーリーを混ぜ合わせるのです。例えば、ある人物についてのナレーションが流れているときに、別の人物の映像を見せるのです。その後、映画の3分の2の部分については、高いところから落下するような感覚です。あらゆるものが入り混じった不思議な場所にいるような感覚です。観客にとっては、物語のフリーフォールと言ったところでしょう。

撮影は、さまざまな形式で行われていますよね?
ビデオ、スーパー8、16ミリ、スーパー16ミリ、35ミリで撮影しました。前にお話したように、再加工済みの35ミリです。テレビの映像を撮影し、それを映画に組み込むというものです。

どのような方法で4人のストーリーを混ぜ合わしたのですか?スタッフが、撮影したシーンをテーマ別に分類し、フィルム保管ケースに分けていたのですか?資材をどのように管理していたのですか?
その点では、Avid編集システムがなければ完成しなかった映画です。Avid編集システムを使用して制作した最初の映画でした。至るところにメディアが散乱していました。

それほど多くのソースからのメディアを使用していたことを考えると、Avidノンリニア編集システムがなければ、この映画を編集しようとさえ思わなかったかもしれませんね。それでも、Karen Schmeerが編集、Bob Richardsonが撮影、Caleb Sampsonが音楽を担当するという多彩な顔ぶれです。編集段階でも共同作業がありましたか?つまり、編集室から要求を出しましたか?こういうシーンが必要だから撮影しよう、というような要求はありましたか?
いいえ。撮影をしてから、編集をします。この映画の撮影は、10日間で終えました。それから、まとめ上げるのに何年も何年もかかっているのです。

この映画では、音楽が効果的です。音楽は、撮影後に作られたのですか?それとも、最初から音楽についての構想がありましたか?
音楽に取り組んだのは、かなり後になってからです。さまざまな音楽を映画に合わせてみていたところ、Caleb Sampsonの音楽がぴったりはまりました。Sampsonは、この映画のために実にたくさんの曲を書いてくれました。

一般的な意味で、映画作りにおける音楽をどのように考えていますか?型破りな映画スタイルを推し進める要素としての音楽をどのように捉えていますか?
音楽は必要不可欠です。深く考えてみるなら、音楽は映画のストーリーの一部です。『Gates of Heaven』および『Vernon, Florida』以降に制作したすべての映画において、全面的に音楽を使用したすべての映画で、音楽はストーリーの展開に欠かせない要素になっています。『The Fog of War』でも『The Thin Blue Line』でも、音楽は不可欠です。すべてにおいて必要不可欠なのです。

Morrisさんの映画スタイルに、なぜ音楽が不可欠なのですか?
音楽は、観客を現実世界の外へ連れ出し、夢のような世界へ誘うための方法の1つだからです。

革新的な編集:生成発展するプロセス

編集プロセスに深く関わることはありますか?
もちろん関わります。一般に、編集作業を行わない映画監督は監督ではないと思っています。

Fast, Cheap & Out of Control』について教えてください。珍しい職業を持つ4人の登場人物を結び付けたかったとおっしゃっていましたが、実際の映画では、4人の職業の音楽的描写を織り交ぜながら、それぞれの思考や哲学を並列的に見せています。編集作業がどのように行われたかを教えてください。
Fast, Cheap & Out of Control』の編集は悪夢でした。同じような映画が他にもあるかどうか知りませんが、この映画の公開後に、この手法を真似しようと試みた人たちがいたことは知っています。実際に同じような形で完成した映画はほとんどありません。それには理由があります。とにかく編集できないからです。4つのストーリーを同時に操りながら、観客に訴えるものに組み上げるのは、非常に困難です。

編集時には、常に観客のことを意識しているのですか?
そうです。当然、制作するすべての映画が映画館で上映されることを想定しているからです。それを考えると、映画館へ足を運び、料金を払って映画を観る人たちに満足してもらえる作品でなければいけないと思うのです。そのため、この映画の編集には何年もかかりました。お話ししたように、一時はあきらめました。編集不可能な映画だと思いました。

なぜそう思ったのですか?
少なくとも、私の映画の場合は、制作するどの映画でも、作業の一部分を徹底的にやり直そうとするため、編集プロセスが難しくなります。なので、どのような方法を使用したらよいのかが明確ではありません。『Gates of Heaven』では、編集作業が困難を極めました。ベテランの編集者の誰もが、映画の場面を見て、「これをどう編集したらよいのか見当がつかない。そもそも編集できるかどうかもわからない」と言いました。

ベテランの編集者はなぜそのような反応をしたのでしょう?
前代未聞の代物だったからです。拠りどころになる手本や型がなかったのです。『Gates of Heaven』のような映画を他に知らないし、また『Gates of Heaven』のような影響を与える映画も知りません。

もっと具体的に説明してもらえますか?ドキュメンタリの編集経験があり、さまざまなインタビューや記録資料を扱ったことがあり、発想や手法が異なる多くの監督と仕事をしたことがある編集者が、なぜあなたの作品においては混乱してしまうのでしょう?あなたの材料のどのような点が、彼らがどう編集したらよいかわからないほど革新的であったと思いますか?
あなたの質問の中に答えがありました。プロセスが単純でない場合、プロセスが特定しづらい場合、編集作業の中でプロセスを明らかにしていく場合、プロセスがその場で発生する場合、そのプロセスを把握することは非常に困難です。新しいものを作り出そうとしているのですから。

しかし、Morrisさんは、事前にアイデアを構成するよりも、生成発展するプロセスを好まれるようですが。
私は、トピックセンテンスで説明できてしまうようなドキュメンタリを信用しません。これまで私がやってきたことはすべて、そのようなものを回避するためであったと言えます。「xについて」というような、定義され、外枠を固められた映画はありません。このように定義してしまうと、映画そのものもまったく違うものになってしまうと思います。

また、ノンフィクションを制作するための多種多様のテクニックがあります。例えば、さまざまな形式のナレーション、特に画面外のナレーションを使用したり、たくさんの人を登場させてコメントさせ、質問に二面性があることを具体的に示してバランスをとろうとしたり、ある事柄についての包括的な見方を示したりします。ドキュメンタリ映画では非常に頻繁に使われるテクニックなのですが、私の映画では、そのようなテクニックをできるだけ使わないようにしています。

なぜ従来のテクニックを避けるのですか?
面白いと思わないからです。手の込んだところがありませんから。ドキュメンタリを面白いと思う理由の1つは、内容だけでなく、形式的にも、これまでとはまったく違うものを作り出せるからです。長編映画だけでなく、他のどのドキュメンタリ映画とも違うもの作れるのです。革新的な何かを起こせるチャンスなのです。ドキュメンタリを制作することの意味を、さまざまな方法で試して考えてきました。

定型化したスポットCM

長編ドキュメンタリ映画の制作する合間に、数々のコマーシャルを監督されていますが、あなたにとって、コマーシャルはどのように重要なのですか?
1000以上のコマーシャルを監督したと思いますが、アップル社のCMが相当含まれます。「Switch」の「リアルピープル」キャンペーンをすべて手がけました。CitiBankのコマーシャルもたくさん作りました。現在もCitiBankのコマーシャルを手がけています。クライアントを書き並べると、かなり長いリストになります。Quaker Oats、ユナイテッド航空、フォルクスワーゲン、Cisco、IBM、American Expressもそうです。

あなたにとって、コマーシャルとは何ですか?単に、契約した仕事を実行することでしょうか?それとも、クリエイティブな短編映画として捉えていますか?
それ以上です。コマーシャルは、いわゆる「短編映画」とは異なります。CMの標準的な長さは、ちょうど30秒です。15秒、20秒、60秒、90秒のCMもありますが、あらゆる面からその映像芸術の形式を見ると、30秒でストーリーが作られています。その30秒でストーリーを作るのは、途方もなく難しいのです。CMの仕事に携わったことがある人ならわかるでしょう。さらに厄介なのが、何かを表現するには時間が短すぎる上に、対象を印象的に、できれば格好よく見せなければならないということです。

ですが、コマーシャルの仕事の魅力の1つは収入ですよね。
ええ、生活するための手段の1つです。そのとおりです。でも、収入の面だけからコマーシャルの仕事を見たことはありません。一種の職業病というか、自分が単にそういう人間なのか、私は自分が取り組むことにのめり込んで、本当に良い仕事をしようと努力します。真剣に受け止めて、できるだけ最高のものを作ろうとします。ばかげたことかもしれませんが、私は、コマーシャルを作るときに、小さいけれど効果的な1本の映画を作ろうとするのです。そして、私は自分のCM作品を非常に誇りに思っています。それらの作品を自分のWebサイト*で公開しています。たくさんありますよ。

30秒のドキュメンタリとして、コマーシャルを作るのですか?
いいえ。ドキュメンタリと共通する要素もありますが、コマーシャルは他の映画制作とまったく異なります。本質的に、私のドキュメンタリ映画とは大きな違いがあり、また長編映画とも異なります。コマーシャル制作の仕事で奇妙だと感じるのは、常に俳優と一緒に仕事をしているということです。

Morrisさんにとって、それは難しいことなのですか?
いいえ。でも、私のドキュメンタリ作品を観た人は、私が主に一般の人を作品の対象にしていると思うのではないでしょうか。実際は、何年もの間ずっと俳優を起用してきました。しかし、あるとき、コマーシャルでも一般の人にインタビューできるのではないかと気づきました。これはつい最近のことです。皮肉ですよね。

鮮烈な「Switch」キャンペーン

コマーシャルで一般の人を起用したきっかけは何ですか?
"9.11"同時多発テロ事件後にユナイテッド航空の大規模なキャンペーンを制作したのがきっかけです。シカゴのオヘア空港で通常どおりにCMを撮影していたら、ブッシュ大統領の会見がテレビで放送されて、アフガニスタンへの侵攻を発表したのです。

オヘア空港は閉鎖され、撮影も中止され、帰宅を命じられたのですが、私はこう言いました。「これは歴史的な瞬間だ。ユナイテッド航空は、"9.11"と直接関わった航空会社2社のうちの1社で、ハイジャックされた飛行機はユナイテッド航空のものだった。ユナイテッド航空の職員は、この事件に対して非常に強い感情を抱いているだろうし、これは残しておくべき、記録すべき瞬間だ。」そこで、スタジオに来てもらえるよう説得し、機長から副操縦士、カスタマーサービス担当者、客室乗務員、タラップ設置係まで、とにかく誰にでもインタビューをしました。ユナイテッド航空の相当数の従業員にインタビューしたのです。その結果、非常にインパクトのある映像を撮影できました。

全員が身動きできないような状況で、その人たちにすぐ会えたのはなぜですか?
ユナイテッド航空と契約して仕事していたからです。そして、人を探し、スタジオに連れてきて撮影することが優先されました。配役担当のスタッフが手配してくれました。

その週のうちに撮影が行われたのですか?
すぐに撮影しました。俳優ではない本物の人たちを撮影したのですが、その撮影には台本が用意されていました。台詞も前以て決められていました。しかし、それをすべて取りやめて、スタジオでInterrotronを使ってただインタビューすることにしたのです。その結果、非常に強烈なCMができました。しかも内容はすべて本物なのです。

ユナイテッド航空のCMの成功によって、他の企業の仕事が飛び込んできましたか?
はい。2002年アカデミー賞のプロデューサのLaura Ziskinが、ユナイテッド航空のスポットCMを見て、アカデミー賞授与式のオープニング映画の制作を依頼してきました。その映画も私のWebサイトで公開しています。Gorbachev、Laura Bush、Iggy Pop、Walter Cronkiteなど、実にたくさんの人が登場します。

その年のアカデミー賞授与式の会場にいたSteve Jobsは、私の映画を見て、白の背景もスタイルも気に入り、「この男を使おう」と言ったそうです。それがきっかけでApple社の仕事もするようになりました。とんとん拍子でしたね。その後、Apple社のCMでは数百人のインタビューを撮影しました。全員を放映できたわけではないのですが、とても良い映像をたくさん撮影できました。

特に気に入っているものはありますか?
そうですね。私の息子のHamiltonの映像が一番好きです。私の息子だとは知らなかったものの、Steve Jobsが特に気に入ったのもこの映像でした。全国で放映され、あちこちのApple店舗前でも高さ3メートルほどに拡大された息子の映像が映し出されていました。

その映像が特別だったのはなぜでしょう?
自分の愛している人と良い仕事ができたからです。Hamiltonは非常に印象的でした。面白いし、チャーミングだし。とにかくすごく良いコマーシャルだったのです。Jobsさんの意見と同じで、Hamiltonが私の肉親であることを抜きにしても、良いコマーシャルだったと思います。

ユナイテッド航空のCMがアカデミー賞授与式の映画制作につながり、その映画がApple社の「Switch」キャンペーンにつながった。この一連の成功によって、俳優だけでなく普通の市民も起用する監督として、コマーシャル業界における名声はさらに高まりましたか?
今では、あらゆることを行います。普通の人から、俳優、普通の人に見える俳優、俳優のように見える普通の人、その中間にあるものを並べ替えて組み合わせたもの、ありとあらゆるものを対象にしています。「交配」という表現がぴったりかもしれません。CM制作で得た多くのテクニックをドキュメンタリ制作に応用し、その逆も同様です。

「交配」の例を挙げていただけますか?ドキュメンタリの手法はスポットCMにどのように展開されていますか?またその逆の場合はどうですか?
CMの場合は、Interrotronが最もわかりやすい例です。今では、頻繁に使用していますから。実在する本物の人に、ある程度長く話してもらいたい場合には、Interrotronが最適な装置なのです。最終的にどれくらい映像を使うかは関係なく、意識の一連の流れがわかるよう話をしてもらいたいからです。なので、Interrotronを使用するCMをあまり増やしたくないと思っています。Interrotronをできるだけ使いたくないのです。しかし、今ではCM業界でもInterrotronが知られているので、Interrotronを使ったCMを制作するよう求められます。最近では、B.B. Kingが出演するCMの撮影に使用しました。血糖検査器具の宣伝でした。もっと最近では、昨年の夏に制作した民主党のキャンペーンでInterrotronを使いました。MoveOn.org*用に50個以上のスポットを撮影しました。

「Switch」キャンペーンの民主党派バージョンのようなものでしたね。
そのとおりです。「AppleのSwitchキャンペーンを真似しているだけだ」と批評を書かれたことがあります。別の人が、それに対して「AppleのSwitchキャンペーンは彼の作品じゃないか」と返します。さらに別の人が、「AppleのSwitchキャンペーンは、アカデミー賞授与式で発表された、彼の1つ前の映画の真似だ」と言います。まさにそういうことです。大体において、同じような前例が少ないわけではありませんが、私は自分自身を模倣することが多かったのです。

コマーシャルの制作を始める際の標準的なプロセスがありますか?
それはどういう意味でしょう。

例えば、Apple社のときのように、CMの依頼を受けたとき、「最近会った人の中で、誰がこのCMに適しているだろう」と考えるところから始まるのですか?それとも、まずは配役を決めるミーティングを開くのですか?絵コンテを使いますか?まず台本を作りますか?興味を持っている新しいクライアントから依頼があった場合に、最初に何をしますか?
長編映画であるか30秒のCMであるかは関係なく、ある種の心象風景、ファンタジーの世界、アイデアの集合体を作ろうとしているのです。この点は、CMでも映画でもまったく同じです。そういったことを、宣伝するブランドの観点から考えます。何を伝えようとしているのか、何が伝わらなければならないのかについて考えます。概念的に考えます。私の特技の1つは、インパクトのある情報を視覚的に表現する方法を発見できることだと思います。複合的なアイデアを、すっきり、シンプルかつ効果的な手法で、視覚的に表現できると考えています。自分のことをこのように語るのは難しいのですが、今挙げたことが私の得意とすることの1つだと思っています。